
1960年、九州の熊本に生まれる。
1983年 高村正氏に写真を学ぶ。
1985年東京で商業写真家として働く。
1988年 ファインアート写真を始める。Fotosphere Fine Art Photographyに入社。
ニューヨークにてワークショップを開催。栗田浩一郎氏よりオルタナティブプロセスを学ぶ。
東京とニューヨークでファインアート写真家として活動。
この作品は毎年多くの国で展示されています。
©Ryuji Taira 2004 Vicissitudes
バイオグラフィー
アーティストステートメント
平隆二
子供の頃、私はよく「人間はどこから来て、
私は行くのだろうか?答えを見つけようと、私は丘や野原を駆け回り、花を摘み、昆虫を追いかけ、近くの川から魚を捕まえ、日が沈むまで一日中それらについて研究し、考えていました。
「観察する」というのは、非常に不正確になり得るという点で非常に興味深い行為です。
それは私たちの五感を通して集められた情報の結果であり、
私たち自身の経験からの情報を混ぜながら解釈します。
特定の状況や条件の下では、観察によって物事の形が変わります。私はこのプロセスを「漠然とした興味深い不正確さ」と呼んでいます。
例えば、アルファベットの文字が雲の形に見えたり、
水の波紋を見ると、輝く銀色の王冠を思い浮かべる。この曖昧で興味深い不正確さは、視覚で知覚されたものと、視覚で知覚されたものと鏡に映ったものとの間に矛盾を生み出す。
心は同じではない。知覚されるもののこの変化は、
ある意味、創造です。
写真には、目で見るだけではわからない、心の鏡に映る目に見えないイメージを引き出し、表現する力があります。
写真は、技術的にも物理的にも、光とモチーフによって創り出されます。しかし、光とモチーフの導き方や表現は、写真家の心の反映であり、曖昧で興味深い不正確さに左右されます。
このように、写真は非常にシンプルですが、独特な表現です。
この曖昧で興味深い不正確さを私は表現形式として大切にしていますが、
人生探検のプロセスとして評価します。